モデル休憩中に、生徒さんたちの絵を見て回ってると、素晴らしい水彩画があり、しばし見とれていた。
作者は、90歳くらいのご婦人である。
このようなご高齢で、素晴らしい色彩感覚と斬新な感性を持たれていることに感動し、人生の質は年齢なんかで決まるものではないなぁ、などと深く感心しながら作品を鑑賞していた。
ご婦人は、「まぁ~、モデルさん、そんなに見ないで、恥ずかしいわぁ~」としきりに照れている。
私は、「素晴らしいですね!」と思わず言ってしまった。
すると他の生徒さんも集まり、その方の絵を「あら、ほんと、素敵ね!」などと褒めている。
すると、宮瀬んじいちゃんが、「ご婦人方、何を陽気にやっておられるのだ、ヨッ!」という感じでこちらにやってくる。
そして、どれどれ、とその絵の前に座り、「今からこの絵を僕が添削してあげよう」と身振り手振りで言っている。
彼は絵筆で、鮮やかな色合いの背景に、暗い濁った色をチョン、と付け加えた。
「少し暗い色を混ぜたほうが絵に深みが出る」と身振り手振りで主張している。
ご婦人は、感心しているそぶりだが不安そうだ。
彼は、なおも、チョン、チョン、と暗い色をバックに足していくが、ご婦人の顔には不安が増して行く。
見ているおばちゃんたちが「宮瀬さん、そのくらいでいいんじゃない?」とざわめきだしているが、彼はバックをどんどん暗い色で染めていっているではないか。
「あ、ちょっ…、み、宮瀬さん!」
「あぁっ…!!」
そして、なぜか彼は、興に任せて絵全体を一気に暗い色でバァーっと塗ってしまった。というより、汚してしまった。
さっきまであんなに美しかった絵が、もう暗い灰色に汚れてしまっている。
「いやぁーっ!!!やめてぇーっ!!」
「あぁーーっ!」
「宮瀬さん、汚さないでーーーー!!」
昼下がりの午後の教室におばちゃんたちの絶叫が響き渡る。
先生でもないのに他人の絵を絵筆でじかに添削し、挙げ句の果てには真っ黒けに汚しまくるという、相変わらずお茶目な宮瀬さんだった。
「毒のない人」終わり
※登場人物は実在していますが全て仮名です。