とある6月、タマさんより仕事の依頼が入った。
コスチュームモデル(ヌードではない、衣服着用のモデル)で3時間、ある絵描きさんのアトリエに行ってほしいという。
コスチュームモデルは給料がヌードモデルの半分、しかも着ていくものを考えなくてはいけないなど面倒なので、いつもなら断るのだが、今回はその絵描きさんというのが武本光太郎さん(仮名)ということで引き受けたのだった。
武本さんとの初めての出会いは湯布院だった。
当時私は3人の仲間と湯布院でお店を出していて、その日の店番は私だった。
午前10時ごろ、60歳くらいのおじさんがひょいと店に入ってきた。
「あれ?八千代さんは?」と聞いてきたので
「今日の店番は私で、八千代さんはいません」と」答えた。
八千代さんというのは、店の中心者である。
おじさんは残念そうにした後、
「ところで君は?」的な感じでいろいろと私の事を聞いてきたりした。
そして何かいろいろ話した。20年近く前のことなので何を話したのかは忘れた。
当時私は印刷会社でもアルバイトをしていて、そこに来る取引先の男性というのは性欲と金欲にまみれた大分んおいさん(大分のおじさんという意味。大分弁ね)ばかり。
20代の私をドロリとした意地の悪い目つきで品定めをした後、結婚はしないのか、女の幸せは子どもを産むこと、だの聞くに耐えない嫌な言葉を言った後、それとなくホテルに誘ってくるような、ウンコまみれのイグアナみたいなおっさんばかりだった。
大分んおいさんというのは皆こんなものだろう、と思っていたのだが、
そのおじさんは違った。
雰囲気がとても清らかなのだ。
清らかといって城ミチルみたいな外見というわけではないぞ。
(若い人は知らんよな、ググれ!)
見た目は、日に焼けた普通の60代のおじさんである。
ガタイもいい。
顔立ち的には錦鯉の長谷川さんによく似ている。ヘアスタイル(といってもあまり毛がないが)もあんな感じだ。
いい男ではある。
しかし
いい男だから清らかなわけではない。
一体このおじさんの何がそんなに清らかに感じるのだろうと分析してみた。
まず
世間に擦れてない感じがする。
おっさんの目に宿っているはずの薄汚い性欲が見当たらない。
金欲もなさそうだ。
そもそも商売人ぽくない。
小学6年生のような澄んだ瞳をしている。
おそらく世間のおじさんが考えているような事を考えない日常を送っているのだろう。
後日、八千代さんにこの事を話した。
「あー、光太郎ちゃんでしょ!」
と言う。
そのおじさんが武本光太郎さんだったわけである。
まあ読者の感想は「そうでしょうね」だろうけど。
「何だか清らかな感じのする不思議な人ですね。小学6年生と喋っている感覚になりましたよ。なんでかなぁ」
と言うと、
人の好き嫌いが実にはっきりしている八千代さんが、
「そおおでしょおおーーーーー!!!!!あのヒトいいでしょおおおーーーー!!!!私も光太郎ちゃん大好きなのよぉーーん!!」と激しく同意した。
どうやら、八千代さんも私と全く同じことを感じていたようであった。
そして完全にハートマーク満載のテンションで二人で光太郎さんのことで盛り上がったのだった。
そしてどうやら皆は彼のことを
光太郎ちゃん
と呼んでいるようだった。
そんな光太郎さんからの依頼なので、断るわけがない。
アトリエは、大分の郊外のとある田舎にあった。空き家の東屋を使用しているようだった。
私が行くと、
「八千代さんのお店にいたヒトだよね!!」と
ものすごくびっくりしていた。
アトリエの天井まで壁ぎっしりに、光太郎さんの油絵が飾ってあった。
彼の作品は素晴らしいのである。
オーソドックスで、感性が素晴らしい。
床にも作品がぎっしり重なっていた。
椅子に座ってバッグの中を覗き込んでガサゴソあさっていると、「そのポーズいいね!それでいこう!」という。
3時間くらいそのポーズをとっていたが、光太郎さんは描いている最中、「ふんっ」とか「くををっ」とか、不思議な雄叫びを発していた。
彼は
「超すごいんだよ!」
とか
「あそこのマスター超うるさいの!」
という言葉遣いをするわけだが、なぜか「超」を言うときに全身全霊の力を込めて言う。
力を込めすぎてしまって、超をつける必要のない言葉にも「超」をつけたりする。
そして、エピソードを語り終えた後に、なぜか「チョウ!!」だけを何回も強く呟いている。
「あそこのラーメンね、超濃ゆいの!!マスターがラー油ドバドバ入れてんの!!超やばいマスターだよ!!普通あんなに入れないよね!!!超!!超!!もう、チョウすごい!!もう、チョウすごいの!!!チョウ!!!チョウ!!!」
3歳児が何かの拍子に思考回路が暴走してしまって、ゴロのいい「チョウ」という言葉を激しく連発している感じだった。
清らかなおじさん 2 に続くよ!
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※登場人物は全て実在しますが、プライバシーを考えて仮名にしてあります。
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